「まだ島民の家屋が椰子の葉で出来ていた頃の話です。男性と女性とが夜のデートの約束をする時、『ラブスティック(恋の棒)』というものを使いました。この棒はマングローブの枝を使い、各自がオリジナルの彫刻を施したものです。男性は気に入った女性に会うと自分が彫った棒を見せ、夜のデートの約束をします。日が落ち、指定の時刻になると、男性は棒を携え女性の家に行きます。そして、椰子の葉で出来た壁の隙間から棒を差し込み、寝ている女性の長い髪にからませます。浅い眠りから起こされた女性は、棒の形で相手を確認し、そっと家を出て、その夜は男性と秘密のランデブーを楽しむというわけです。」
なーるほど。やはり所変わればいろいろやり方も違ってくるわけである。これはいわば生活の智慧なんだなぁ。一個の椰子葺きの家に家族が十人二十人といれば、外に出るしかない。夜這い棒を名刺代わりに使って、相手の髪に絡ませて外に呼び出すなんてなんとも粋ではないか。何も名刺が四角い紙でなければならないといことはないわけで。或る意味で日本よりも遥か昔に名刺を使っていたということになる。
この棒の名前がラブスティックとか恋の棒なんていうと、何だか上品過ぎてピンとこないが、やはり夜這い棒と聞くとこちらまでワクワク、ソワソワしてくるから、不思議である。ある日ホテルの従業員の女性たちが桟橋の近くで昼寝をしていたので、そっと後ろから忍び寄って髪に絡ませてみた。見事に成功したんだがその後が悪かった。いきなり「なんだ!」といって起き上がったのは若い女性ではなく、ハウスキーパーのおばあさんだった。その女性はニコニコうれしそうに笑いながら「あんたの部屋は何号室?」とおっしゃられたので、謝って丁重にお断り申し上げた。
椰子葺きの家ばかりの頃は当然何処にも電気がない。夜になると真っ暗になり月や星だけがたよりになる。夜な夜な若い男たちがマングローブの木々を伝ってきたり、ジャングルの中から分け出でたり、闇の中で何十人もの男達が西へ東へと動き回るわけである。時たま同じ娘をめざして、何人かの男たちが軒下で出くわしちゃったなんてことも、しばしばあったらしい。だけど闇の中だからお互い目しか見えず、その上、家の中では娘が寝ているわけだから、文句も言えず、争うわけにもいかず、お互い静かに「じゃーまた!」なんて挨拶を交わして右に左にそそくさと帰っていったはずである。おそらく満月の日は明るすぎるので皆おとなしく家の中にいて、三日月の頃か或いは新月で星あかりの頃をねらって、夜の隠密行動を繰り広げたに違いない。何しろ真っ暗な上に声も出せないのだから、やはり娘と母親を間違えたり、時には歯が1本もないような老婆が待ち合わせた場所に来ていたりして・・・。若者は悲鳴を上げることもできずに逃げ出したに違いない。
何だかトラックのふんどし姿の男達が老いも若きも夜這い棒片手に闇の中を徘徊しているのが目に浮かんでくる。実に南はおおらかである。