写真館に堀川氏登場!

ジープ島の歴史

ミクロネシア連邦チューク州-ジープ島の魅力


奇跡の島”ジープ島”
ミクロネシア連邦のチューク州、トラック環礁内の南西部に位置し、原始のままの自然を有する豊かな島。
直径34メートル、外周110メートルの小さな島は、絶えず多くの旅人を魅了しています。

 

01 絶景  〜ジープ島〜

直径34メートル
太平洋の赤道北側にあるミクロネシア連邦。約600の島で構成された国で、その中でひっそり浮かぶ島小さな島がジープ島です。初めて訪れた旅行者は想像以上の小ささに驚きます。環礁内に位置するため海はとても穏やか、このサイズで宿泊施設を保持できるのもその条件下にあるからです。こんな小さな島に宿泊できる所は世界中でジープ島だけではないでしょうか。

02 島内  〜ジープ島〜

何もないことが贅沢に感じる
ジープ島の周りには海しかありません。そして飲料水以外の水も雨水を再利用、電気も必要な分だけの小さな発電機があるくらい。当然テレビも扇風機もパソコンもありません。ジープ島に初めていくと当たり前のようにあったものがないことに気付き始めます。そして、同時にそのような便利なものが心を束縛していたことにも気づくことが出来ます。

03 イルカ  〜ジープ島周辺〜

イルカたちの住む穏やかな海
ジープ島の周辺にはたくさんのバンドウイルカ達が住んでいます。もちろん餌付けをされていない野生のままのイルカ達を見ることができます。ダイビングのゲストがボートを出すと近くによってくることも多々あります。ドルフィンスイムをすることもでき、世界でも1.2を争うフレンドリーさと言われています。チュークの素晴らしい海や島や空など自然の一部としてイルカと泳ぐことは他で味わえない体験です。

04 沈船  〜トラック環礁〜

映画「タイタニック」のロケ地
世界最大級のトラック環礁は、周囲200kmにわたって天然のサンゴの壁が環礁内の島々を囲んでいます。その海底には80隻を超える第二次世界大戦中の沈船や廃船が沈んでおり、レックダイブの聖地として世界中からダイバーが集まっています。その沈船群は広大な環礁に守られ大きく崩れることもなく、当時の様子を色濃く残しています。船内を探索出来る船や航空機も多く、まさに冒険そのものを体験できます。

05 星空  〜南十字星・天の川〜

世界でも有数の美しい夜
光が少なく、空気が澄んでいる地域なので本島はもちろんのこと、夜、一切の明かりを消したジープ島では見たことのない圧巻の星空が広がっております。それはまさに満天の星、息をのむほど美しい星空です。自然と心を宇宙の神秘へと誘い、日本人に馴染みのある七夕のお話の舞台である天の川や、南十字星などのロマンティックな星々が目前で見られます。日本では見ることのできない南半球の数々の星座に飽くことはありません。

 

06 日の出・日没  〜地平線〜

生命の大切さを感じる瞬間
圧倒的な太陽の存在感を常に感じられるのもジープ島の特徴の一つです。日の出によって太陽のエネルギーを全身で感じることができ、全ての生命が息づいていることを思い出させてくれます。まさに生命や自然の大切さを感じることができる瞬間です。ゆっくりとした感動が訪れるときです。

07 生き物  〜陸・海・空〜

生かされているという体験
何もない島にもヤモリがいますし、ミツスイもやってきます。ときたま亀が上陸し、ヤドカリは引越し先の家を探しています。海を覗くと珊瑚がしっかりと根を生やし、多種多様の魚たちがたくさん泳ぎ回っています。この自然社会と同化し共に過ごすことで、どこか懐かしいような、大きな流れの中で生かされているといった感覚を体験することができます。

08 現地人  〜チューク在住人〜

実におおらか
チュークではカツオ・マグロ・蟹といった海洋の食物に恵まれており、ジャングルに行けばタロイモ・パパイヤ・サトウキビやバナナなどが豊富に取れます。仕事を持たずとも生活できる環境で、多くの現地の人たちは自然と調和しながら生きています。小さなことに囚われず、人懐っこく、とてもおおらかな性格で古き良き大切なことを思い出させてくれます。

09 歴史  〜日本との関わり〜

日本に親しみを持つ人たち
チュークと日本の歴史的なつながりは長く深いものです。チュークは第一次大戦から日本による委任統治時代がありました。戦争という負の歴史の反面、戦前にミクロネシアに移住した日本人など日系の家系が存在し交流するなど、日本との交わりが深い地域になります。”ウンドウカイ”など現地語化した日本単語が複数あったり、”モリ””タカハシ”などのなじみの名前のある人たちが多くみられます。また極少数ですが日本語を喋れる現地人も滞在します。

吉田宏司とジープ島開拓史

  • 1989年
    当時トラック諸島のモエン島、日本名春島のダウンタウンにあったブルーラグーンダイブショップにてキミオ、アイセック氏と会う。
  • 1990年
    日本人ダイバーを連れて十数回トラックを訪れる。その間のダイビングガイドは、キミオ=アイセック氏の息子であるグラッドフィン=アイセックである(通称アッピン)。この間にアイセック親子との親交が深まった。
  • 1996年
    東京は井の頭公園にある観葉植物園に通いつつ、水生園入口の脇みあるベンチにて無人島構想を練り上げる。
  • 1997年
    ジープ島周辺の珊瑚と魚及びサラットパスの周辺、ノースウエストのチャネルなどのトラック環礁の調査を行う。この年初めての巨大ストームがやって来てホテルにカメラマンの佐藤宏氏と共に避難する。3日後暗雲の中富士川丸に潜り、その時一頭のイルカと出会う🐬
  • 9月
    9月1日にブルーラグーンダイブショップのスタッフのシンノスケ・フィテと共に無人島に入る。その時、無人島をファナンナンという旧名から「ジープアイランド」という名前にする。
  • 2000年
    懐いた一頭のイルカにアルパ、始まりという名前を付けてドルフィンスイムをスタートする。この年に友人のアッピンがデユブロン島の市長になる。
  • 2001年
    1月4日の深夜11時45分にキミオ=アイセック氏が亡くなる。
  • 2002年
    台風の後の長雨により、デユブロン島にて地滑りが起き、48人が亡くなる。この初めての災害を機にジープとして米を大量に買い、衣類とテントを持ってアッピンと共に島を回りながらボランティア活動を開始する。
  • 2007年
    8月 NHKの地球アゴラにグアムにて出演。
  • 2009年
    キミオ、アイセック氏が最も貢献したダイバーに選ばれ、カリブ海のケイマン諸島のグランドケイマンにて表彰される。
  • 2016年
    ブルーラグーンリゾート内にキミオ=アイセックミュージアム開設。
  • 2017年
    友人のガーデニア=アイセック氏(キミオ=アイセック氏の娘)がミクロネシア連邦の上院議員になる。
  • 3月
    31日に超大型台風とパプアニューギニアからの津波が同時発生、ブルーラグーンスタッフ7名が行方不明になるが幸いにも全員3日後に無人島にて発見🏝。
  • 10月
    ジープ島にて吉田宏司が倒れ帰国。11月再度ジープ島へ、そして再度帰国。
  • 12月
    東京吉祥寺ル・ボン・ビヴォンにてジープ島20周年記念パーティーが120名で行われる。再度ジープ島へ・・
  • 2018年
    1月2日 緊急帰国。体調不良によりベースを日本に移す事となる。
  • 3月
    東京帝京大学病院に3ヶ月入院、不調の原因がいまいち分からず。
  • 5月
    有志のサポートもあり公式ジープ島事務局団体ブルーラグーンジャパンを設立。グラッドフィン=アイセックが来日し吉田を激励。
  • 7月
    新潟の実家にて自宅療養🏠。
  • 9月
    ニューギニア航空が成田~チュークの直行便が就航。(現在運休)
  • 10月
    骨の全ての関節が痛み出し潜水病と判断、、、、その後半年間毎日欠かさず散歩リハビリ🚶
  • 2019年
    吉田宏司9月ごろから日本とジープ島を行き来出来るくらいに回復。
  • 7月
    吉田宏司復活宣言!復帰パーティーが行なわれる。
  • 11月
    フジTVロケ12月グラッドフィン=アイセック氏の結婚式に参列💒
  • 2020年
    元旦フジTVなるほどザワールドに出演。
ミクロネシア・トラック環礁にあるモエン島からボートに乗り込んで、10分程行くと、
まっ青に広がる水平線の彼方に、ぽっかりと浮かぶジープ島が見えてくる。
そこでは眩しい太陽をサンサンと浴び、波の音を聞きながら、
ヤシの葉影の下での生活が待っている。

美しい朝焼け、顔を洗いがてらのシュノーケリング、2重3重にもかかる虹。
ハウスリーフのカラフルな熱帯魚や美しい珊瑚の群落、何色にも変わる夕焼け。
満天の星空や南十字星、水平線からの月の出etc.
時にはボートを走らせて、環礁のキワの真っ白なビーチを目指したり、
原始の海に近い、隣のキミシマ環礁に出かけてみる。
そこには透明度50m以上の、青く澄み切った神秘のブルーが限りなく広がっている。
そして風のない凪の日には、イルカ達に会いに出かける。

その生活は全く飽きが来ない!夢中になれる!
常に驚きと発見と感動がある!
そうゆう心の歓喜の中で、酒を飲まずして酔える自分が、いつしか見えてくる。
そして本当の人間らしさを取り戻すことができる。

人間は自然がないと生きていけないのである。
水・太陽・空気・土が動植物を育てている。
この4大要素は、また人間そのものを生かしている。
そう考える時、明確に人間は自然界の一部であり、
その中で生かされているということが分かる。

「自然」というのは「あるがまま」「ものの本質」「天地万物」などと辞書の中には
書かれているが、そこそこの人生経験を積んで、大自然の中に入り込んだ時に、
「自然」という言葉は「然るべき自分」であるということが分かってくる。

人は心に痛みがあるから、旅に出るのである。本当の自分に会いに・・・。
この島には都会にあるものは何もなく、都会にないものは全てある!
是非ジープ島に遊びに来て下さい。

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